from 矮小

自分の理解を超えたものに対してどうしますか。

 

世の中、理解を超えたものばかりですね。

理解できないことをまず理解しないと、と思うのですが。

なかなか困難でして、すぐに自分の範疇に押し込もうとするか(レッテルはり)、遠くに放り出してしまいがち(なかったこと)です。

じっくりと観察し、あるがままに感じ、受け入れるようになりたいものです。

 

そもそも、理解できないものを理解しなくてはいけないのか?

そうしたことも考えますが。

理解できないものに触れた時に、心地よく感じたならば

理解した方がいいのではないかと思います。

そう思うだけなのですけども。

 

 

自分の予想通りいったものに対してどうしますか。

自分の予想通りにいかなかったものに対してどうしますか。

喜んだり、悲しんだり、楽しんだり、怒ったりしますか。

そういった自分、他人、人をみた時にどう思いますか?何か感じますか?

 

結果と感情と行動とを繰り返すことは、どうですか?

「禅」

「問答」

 

よくわからなくなってきましたが、

自分、自己を客観視することが大切なのだと感じております。

しかしながら感情が湧き上がると自己を中心に引き寄せる力が発生し、それを阻む。

主体的に客観視をする、したい、そうありたい。

そう思う次第でございます。

 

自分が何を書いているか理解できなくなりましたのでこの辺りで。

ありがとうございました。

 

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手応え

手応え・・・

1.打ったり突いたりした時、手(もと)に受ける感じ。
「確かな―があった」
2.物・事・人に働きかけた結果として感ずる反応・張り合い。
「―のある仕事」

てごたえを感じていますか。

 

歩いていると目の前の景色が移り変わります。

遠くまで歩くと、「結構遠くにきたな〜」と思いますよね。

そこそこ歩いて運動の手応えを感じて、

ふとあたりを見渡すとまったく見たことのない景色が待っていること、ありますよね。

 

自分の中で、そこそこ理解した。6、7割は理解した。

そう思って周りをみた時に、その理解した量の何倍もの世界が広がっている、

え、そんなに広大なの?って感じること。

自分の理解したことが、その世界の入り口にたどり着いたくらいなの?って感じること。

 

日本が自分の中の世界の全てだったのが、その何倍もの世界が広がっていることに気づくこと。

 

伝わっていますか。

井の中の蛙・・・に近いのでしょうか。

自分は今、井戸から出てインターネットの世界へ歩いていますけども、

とてつもなく広大なこの世界に、本当に感嘆しております。

心から実感しております。

わかっているようでわかっていませんでした。

今まで感じていた手応えは、本当に広い世界へのドアをノックしているくらいであったと、

ドアを開けてみて感じております。

 

何がいいたいのかさっぱりの内容ですが、

お伝えしたいのは、自分の世界(常識)は全てではない、

自分の世界は全体の一部であるということ。

 

感じる、ということは本当に大切です。

実感、実際に感じる。

固執しない。

ようやく理解できました。

 

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ホームページも少しずつに感じられると思いますが、

もっとわかりやすいものに変更していきます。

おつきあいくださいね。

until

そもそも、って時がありますね。

何かに集中してて、そういえば、とかなってると、そもそもって。

 

集中すればするほど視野は狭くなりますね。

ただ、そこに対するチカラ、密度は強い、といいますか。表現悪いですけども。

 

集中といえば、「大規模・集中」って言葉、よく聞きました。ザ・トーキョーみたいな。

今は「小規模・分散」って言葉が出て来ているのですね。

「地産地消」だったりもそこに含まれるのだと思います。

小さな経済の輪を大切にする考えなのですかね。

 

現在はインターネットの世界がありますから、現実の地産地消やその土地の経済がインターネットを経由して

経済規模や文化、資質の似た別の現実世界に多層的に重なっていくのではないでしょうか。

文章下手すぎて伝わりませんね、これじゃ。

小規模な感性の経済が、インターネットを通じて今まで現実的ではなかった距離にある、相似形の経済と自然に結びついていく。

本当に文章下手だな。

 

まぁ、ホームページを修正したり、改良したり、改悪したりと日々格闘していますが、

改めてインターネットの、電子の世界のチカラ、特性みたいなものを感じておる次第です。

 

アマゾンみたいな巨大なサービスもありますが、

もっとピンポイントな、ニッチな、現実だったらその町に住んでいても気づかないようなお店が、

インターネットだと見つかる。そして経済活動をしている。それが個人レベルにおいてもそうあったりする。

非常に面白いものであると思いますね。

 

とりとめのない話でした。

 

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文字の力

前回から続きまして、文字について。

 

本を読むことは、その筆者との対話ですよね。

その対話は文字を通じて行われますけども、

その文字の先にいる筆者はいつの筆者なのか。

本、そして文字の先に時間と空間を超えた筆者がいて、対話をする。

時間と空間を超える、タイムマシーンですね。一方通行の。(ここでは、そういうことにしてください。)

 

つまりですよ、今文字で残しておけば未来で誰かと対話するかもしれないわけです。

誰も見ていないこのブログも、今の自分の想いを刻んでおくことで、将来誰かと対話し、

誰かの役に立つ可能性があるということですね。

 

現在は、本当にネット上のデジタルデータはほぼ全て残ると思っております。永久に。

ネットリテラシーが問われていますよね。いじめ、炎上とか色々。

 

「本」にしなくとも個人で発信できる、することが一般になる時代に、

どんな言葉を残してあげようか。

自分は困っている人の背中を押してあげることができるような、

必要以上に孤独を感じている人の心に寄り添えるような言葉を残してあげたいですね。

 

わかったこと

昔は「本(思想)」を作ることができる一部の人と皆が対話をしていた(一部と全体)

↓↓↓

今は個人個人がネットワーク上で「本(エッセイ)」を発行し、個人個人で対話をしている(個人と個人)

 

※ここでいう一部はいわゆる社会的に権力がある人(文化人、有名人とか)

※ここでいう個人はそういった一部の人たちを含めた人たち(一般人とか有名人とか関係ないフラットな個人)

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ちょっと遠くに来すぎましたのでそろそろ終わりますけども。

「文字」は見るのも書くのもいいものです。

タイトルの文字の力には届きませんでした。すみません。

 

未来に残すという意味では弊社の「証」と「祝」もこの時代だからこそのものです。

文字以上に映像の力を感じて欲しいです。

ありがとうございました。

 

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言葉、そして文字

気になる本がありましたので本屋さんに行きました。

探しましたが結局ありませんでした。

その時、あたりを見渡してふと思いました。

「こんなにたくさんの本、一生かかっても読めないな」

当たり前のことを当たり前に思ってしまいました。

 

それと同時に、時間というものは本当に限りがあるのだと感じました。

自覚した、という方が適切かもしれません。

 

そういった意味では実感に勝るものはそうそうありませんね。

よりたくさんの実感を得られれば、もう少しよくなるのではないかと。

何がよくなるのか、たぶん自分がよくなるのではないかと。

 

時間が有限であると自覚したところでどうするのか。

何を選択して行動するのか。

実感は遠くの真理を我がことにしてくれることなのですね。

選択と集中、という言葉も聞きますが、

本当の意味でそうありたいものです。

 

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お葬儀と映像

お葬儀と映像、ということですが、

最近はコロナウイルスの影響で皆様もご存知だと思いますが、

密を避けるために、会葬者の方も減っていたり、ご焼香のみの方もいらっしゃいます。

そういった状況で故人様の遺品をお飾りするメモリアルコーナーで故人に思いを馳せ、

会話をされている方も多く目にするようになりました。

 

私たちはいわゆる追悼映像も手がけさせていただいております。

以前は式の前後に、式場内で上映させていただき皆様にご覧いただいておりましたが、

現在はメモリアルコーナーにTVモニターを設置し、上映させていただくこともあります。

(密を避けるために、式に参列されない方も増えておりますので)

式場内で上映するよりも、皆さま各々のタイミングで映像をご覧いただけますので、

じっくりと何度も見る方、会話をされながら見る方など、より故人様への想いが深まっているように感じました。

中には涙される方もいらっしゃいまして、映像が少しはお役に立てたかな、と感じた次第です。

 

人が集まること、その時間に限りがある今の葬儀において、

より一層、映像のお手伝いが必要なのではないかと私は考えております。

全ての想いに答えられるわけではございませんが、

もし、あなたが映像、それに付随することで何かありましたら遠慮なくご相談ください。

 

福本

Deep

人の間で生きていく。

人の間を生きていく。

 

何かのあいだで、はざまで生きていくのですかね。

そういうことをかんがみても、人はひとりではだめなのでしょうね。

 

誰かのお役に立って、誰かに助けていただいて生きていく。

おおよそ、仕事は誰かのためにあるのだと思えますね。

仕事の先には誰かがいますね。誰もいない、ということはあるのでしょうか。

今は思いつきません。

 

もちまわり、もちつもたれつ、でしょうか。

 

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ホームページを更新しました

ホームページが大体更新されました。

私の想いを込めて更新させていただきました。

ワードプレス、なかなかに手強いものでした。

できること、できないこと、勉強になりました。

 

わたしの込めた想いは

「映像を一人ひとりへ、よりパーソナルな映像を皆様にお届けしたい」

ということです。

 

商品のカタチとして「証」と「祝」というものを提示させていただきました。

経緯は色々ありますが、たくさんの人のパーソナルなオーダーを映像として制作していくうちに

こういったカタチなのかな、と感じましてページを作成しました。

 

今後、こちらのブログも商品についてや、

今までにある私の個人的なログ(タイトルが英語のもの)を並走させていこうかと思います。

 

これからもよろしくお願いいたします。

 

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あわせて、これからはこちらも充実させていきます。

リンクがおかしかったらすみません。

 

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Lumpy

石が上流から下流にいくにつれて

角がとれて小さく丸くなっていきます。

 

人や組織もそういったものを感じますね。

時間が経過すると、自然の摂理が進行し、

あるべきものがあるべき姿になりますね。

 

今が一体どういう状況なのか。

そこをしる一助になりませんかね。

そう思いました。

 

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Overall

等速度運動しているものとそうでないものがありますね。

思考、というものは特にわかりにくいですね。

 

ものすごく理解できて、進んだと感じたのもつかの間、

何にも分からなくなって、全くの闇の中。

 

ずっと遠くのものは見えませんが、

今、目の前に見えるものをしっかりと見据えて歩んでいけば、

いずれ遠くも見えてくる。

当たり前なのでしょうけども、それを思考に置き換えると

非常に困難になることがありますね。

 

物事の核心はいつだってシンプルなのに

その周りが複雑に見せかけるから、迷うのか。

 

何を見ているのかを自覚しなければいけませんね。

 

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